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東京高等裁判所 昭和54年(ネ)2562号 判決

控訴人

益田雅弘

外一八名

右一九名訴訟代理人

山下登司夫

戸張順平

二瓶和敏

小野寺利孝

服部大三

友光健七

川人博

畑江博司

滝沢修一

仲山忠克

被控訴人

株式会社八州

(旧商号 八洲測量株式会社)

右代表者

野田國芳

右訴訟代理人

和田良一

美勢晃一

宇野美喜子

山本孝宏

宇田川昌敏

狩野祐光

牛嶋勉

太田恒久

主文

本件各控訴を棄却する。

控訴人らが当審で拡張した各請求を棄却する。

控訴費用は、控訴人らの負担とする。

事実

一  控訴人ら代理人は、「原判決(ただし、控訴人橋本栄嗣については、その敗訴部分)を取り消す。被控訴人は、控訴人らに対しそれぞれ別表(甲)の1ないし19の各総合計額欄記載の各金員並びに原判決添付別表(一)及び別表(乙)記載の各支払期日欄に対応する請求額合計欄記載の各金員に対する各支払期日欄記載の各期日の翌日から各支払ずみまで年五分の割合による金員の各支払をせよ。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求め、被控訴人代理人は主文と同旨の判決及び控訴人ら勝訴の場合における仮執行免脱の宣言を求めた。

二  労事者双方の主張は、次のとおり付加するほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する(ただし、原判決添付別表(一)の一部を別紙訂正表記載のとおり訂正する。)。

(控訴人らの主張)

1  労働条件の明示を義務づける職業安定法一八条、労働基準法一五条の趣旨は、使用者の労働者に対する詐欺的募集の弊害を除去しようとするものであるから、労働条件のうち重要な要素をなすところの賃金に関しては、使用者において確定的な賃金額として明示することが原則であり、これが困難な場合にも、現時点において支払を保障できる最低限度の賃金額として明示することが必要である。けだし、後日使用者がその優越的地位を利用して賃金内容を恣意的に変更したり、又は労働契約成立時に賃金額をあいまいにしながら、具体的な賃金額の一方的な決定権限を使用者において取得することを許さないとするのが労働者の保護を目的とする右両規定の趣旨だからである。したがつて、被控訴人が求人票に基本給の見込額を記載したことは、その見込額をもつて新規学卒者の入職時の最低限度の賃金額としてその額の支払を保障するという使用者の意思を明らかにしたものと解すべきである。そして、被控訴人の求人募集が労働契約の申込の誘引であり、これに対する新規学卒予定者の応募又は受験が申込に該当し、被控訴人の採用内定通知はその承諾と解されるから、被控訴人が控訴人らに採用内定通知を発した時に控訴人らと被控訴人との間に労働契約が成立し、その基本給は見込額として記載されたところの額で確定したとみるべきである。それ故、採用内定通知を発した時以後において被控訴人が基本給の見込額を引き下げるのは、労働契約の変更の申入れであるから、控訴人らの同意が必要であつて、右同意のない本件においては、右変更は無効である。

2  仮りに控訴人らの基本給が労働契約の成立時に求人票に記載された見込額で確定せず、被控訴人による後日の確定が留保されているとしても、控訴人らは求人票記載の見込額は最低限支払われるものと期待しているのであるから、被控訴人は、控訴人らのかかる期待権を著しく侵害しない方法で基本給を確定しなければならないという信義則上の義務を負つているものであつて、右義務に違反して基本給の額を確定できないものというべきである。ところで、期待権を著しく侵害しない方法をもつて求人票記載の基本給「見込額」を下回る額で確定したといえるためには、少くとも三つの要件をすべて充足する必要がある。その一は、被控訴人が自ら求人票に提示した見込額を誠実に履行することができない程の被控訴人の経営状態のひつ迫性の存在である。その二は、控訴人らが期待権を著しく侵害されない時期(被控訴人が控訴人らに対し就労に不可欠な前提行為への着手を促す前、すなわち他への就職の機会を奪われない時期)までに求人票記載の見込額を誠実に履行することができない旨を「額」を示して通知する必要があることである。その三は、右の「額」は求人票に明示した意味を無にしないような合理的限度の範囲内のものでなければならないことである。しかるに、被控訴人は、かかる経営状態のひつ迫性が存在しないにもかかわらず、かつ、控訴人らが現実に就労を開始した日(本件の場合、昭和五〇年四月一日)以降において、求人票記載の基本給「見込額」を下回る額で確定する旨を同年六月三〇日付「お知らせ」により通知したものであつて、しかも、その「額」は見込額を大幅に下回り(平均五、三二五円)、その下回る比率は、控訴人らが国家公務員法二八条二項の規定に照らし合理的限度と考えている五パーセントをいずれも超えており、一番低い高校卒でさえ6.06パーセント、一番高い測専Ⅰ類卒に至つては8.3パーセントに及んでいる。一か月平均五、三二五円という金額は、控訴人らが一か月の生活をしていくうえで大きな割合を占める額であつて、昭和五〇年当時の風呂代金が大人一〇〇円、煙草がセブンスター一箱一〇〇円、ハイライト一箱八〇円(昭和五〇年一二月一八日に煙草料金が値上りし、セブンスター一箱一五〇円、ハイライト一箱一二〇円に改訂された。)、国電の初乗りが三〇円であつたことに徴しても、その切り下げ「額」が求人票記載の基本給「見込額」を無にするような額であることが明らかである。

このように、被控訴人は、控訴人らの前記期待権を著しく侵害しない方法で基本給の額を確定しなければならないという信義則上の義務を負つているにもかかわらず、この義務の履行を懈怠したものであり、その懈怠による不利益を控訴人ら労働者に転稼することはできない。したがつて、被控訴人は、前記のごとく見込額を履行する義務を履行できないことを信義則上控訴人らに通知すべき時期の経過により、控訴人らの基本給の額は、求人票に記載された見込額で確定したものと解すべきである。

3  控訴人らは、原審において、退職した控訴人らについては退職当日までの未払賃金等を請求し、その余の控訴人らについては昭和五三年五月分までの基本給、昭和五二年度年末までの一時金、同年一一月支払分(同年一〇月残業実施分)までの時間外手当を請求したが、その後未払分が発生しているので、別表(乙)記載のとおり基本給については昭和五五年一二月分まで、一時金については同年度夏期、年末の各一時金分まで、時間外手当については同年一二月支払分(同年一一月残業実施分)までの各未払賃金を請求することとし、その請求を拡張する。

(被控訴人の主張)

1  求人票に記載された見込額は、あくまで基本給の見込額であつて、後日の確定が留保されているものである。すなわち、被控訴人は、求人票に見込額を記載したことによつて、基本給の確定額の決定に当たり求人票提出当時の現行基本給を上回る基本給を保障したにとどまり、景気の変動等があつても右見込額を支給することまで保障したものではない。被控訴人が昭和五〇年度の見込基本給(初任給)を決定したのは、昭和四九年五月下旬ごろであつたが、その後同年一一月下旬、前月分の決算がわかつた時点で経済情勢の影響が懸念され、採用試験の中止を決めた。更に同年一二月下旬半期決算がわかつた時点で、初任給についても問題になり、手直しが必要ではないかといわれるようになつた。半期の決算の結果は、経常利益において三〇〇〇万円の赤字、これに一二月支給の賞与を含めると一億円近い赤字が発生することになり、被控訴人は、社内経費の削減等を行う一方、在京の大学卒予定の内定者の呼び出し及び文書による内定者全員に対する通知等により厳しい経済情勢及び会社の窮状が初任給に与える影響について周知させた。かような経過を経て、確定基本給は、昭和五〇年三月二六日の取締役会で決定され、同年四月一日各人に通知されたものである。

2  控訴人らは、被控訴人が控訴人らの基本給を確定するに当たつては、求人票記載の見込額が最低限支払われるものとの控訴人らの期待権を著しく侵害しない方法でなすべき信義則上の義務がある旨主張するけれども、右主張は争う。控訴人らが単に内心で求人票に示された賃金額をもつて最低この位にはなると理解し、かつ、期待していたとしても、これにより求人票どおりの金額で労働契約が成立するなどということはありえず、したがつて、これを裏切らない信義則上の義務なるものも存在しないことは、明らかである。仮りに控訴人らの主張するような信義則上の義務なるものが存在するとしても、被控訴人は、昭和四九年一二月在京の大学卒予定者である内定者を呼んで会社の実情を告げたほか、昭和五〇年一月内定者全員に文書で会社のおかれている状況を説明し、初任給をはじめ給与、賞与等に何らかの影響があるかも知れない旨を通知し、他社への就職の機会を十分に与えているのであるから、被控訴人が右義務の違反を問われる余地はない。控訴人らは求人票記載の見込額を下回つて基本給を確定する場合の具体的基準なるものを掲げているが、かかる基準は、法律上の基準とはなりえない。見込額を上回るにせよ、下回るにせよ、修正した金額で契約を締結するかどうかは、使用者側の事情によつて個々的に決定されるべき事実問題である。

3  控訴人らは、当審において請求を拡張し、基本給については昭和五五年一二月まで、賞与(一時金)については同年冬期までの分の差額なるものを請求しているが、右請求は、被控訴人における給与の仕組み及び労働組合との協定等からみて、全く理由がないものである。

三  証拠関係〈省略〉

理由

一被控訴人が資本金一億五、〇〇〇万円の地上測量、航空写真測量、水路測量等測量全般及び海洋地質その他の調査等を目的とする会社であること、昭和五〇年度新入社員募集のため、昭和四九年六月上旬ころ東海大学ほかの大学に対し、同年九月ころ中央工学校ほかの測量専門学校に対し、また、同年六月ころ新宿公共職業安定所及び各高校に対し、それぞれ求人票を提出して求人斡旋を依頼し、控訴人らはこれに応募し、その主張の各日時ころ被控訴人から採用試験に合格した旨の通知書(以下「合格通知書」という。)及び出社勤務約定書書式の送付を受けたこと、そこで、控訴人らは、これに署名押印して被控訴人に提出したこと、控訴人らがそれぞれ主張の学校を卒業して昭和五〇年四月一日から被控訴人会社に勤務したことは、当事者間に争いがない。

二控訴人らは、被控訴人が合格通知書を発送した時に、仮りにそうでないとしても、控訴人らが出社勤務約定書を提出した時に、被控訴人との間で、入社日の昭和五〇年四月一日を始期とし、在籍中の学校を卒業できないことを解除条件とする労働契約が成立し、その際、賃金額は、求人票に記載された金額(それが見込額として記載されていたにせよ)で確定したと主張するので、次に検討する。

〈証拠〉を綜合すれば、次の事実が認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

昭和四九年五月下旬ころ被控訴人の役員会において、昭和五〇年度新規学卒者の基本給の額が決定された。当時、前年度に世界経済を襲つたいわゆる石油ショックによる影響が多少懸念されてはいたが、公共測量を主とする被控訴人の事業内容にかんがみ、官公庁からの受注に予想外の落ち込みはないものとの見通しから、前年度の実績をふまえ、前年度の基本給より一万円以上引き上げた額を基本給の見込額とすることが決定され、これに基づき被控訴人の求人票が各学歴別に作成された。もつとも、右求人票に記載された基本給の記載方法及び金額は、被控訴人の採用方針にもよるが、学校別に用紙の様式が異る等事務的な理由もあつて、同学歴のものにおいても必ずしも一様ではなく、たとえば東海大学就職部に提出された求人票には基本給として、昭和五〇年度見込、営業、事務、技術各八万円、その他の固定手当五、五〇〇円と記載されていたが、同大学海洋学部求人票には基本給として単に昭和四九年度実績技術七万二、〇〇〇円と記載されているのみで、昭和五〇年度の基本給見込額は記載されていなかつた。その他の大学、すなわち駒沢大学、日本大学及び東洋大学の求人票には、いずれも昭和五〇年四月見込として基本給(日本大学では「本俸」)八万円、住宅手当四、〇〇〇円、資格手当六〇〇円と記載されていたが、東北工業大学の求人票には初任給税込昭和五〇年四月見込、住宅手当四、〇〇〇円、資格手当六〇〇円及び営業手当一、五〇〇円、計八万六、六〇〇円以上と、更に法政大学求人票には初任給合計昭和五〇年四月見込(税込)八万六、一〇〇円以上、内訳基本給八万円以上、住宅手当四、〇〇〇円、営業手当一、五〇〇円、資格手当六〇〇円とそれぞれ記載されていた。一方、測量専門学校に提出された求人票には、見込給与として、二類(二年制)卒の者につき毎月固定額、基本給七万四、〇〇〇円、住宅手当四、〇〇〇円、資格手当六〇〇円、合計七万八、六〇〇円以上、一類(一年制)卒の者につき毎月固定額、基本給七万一、〇〇〇円以上、住宅手当四、〇〇〇円、資格手当六〇〇円、合計七万五、六〇〇円(ただし、基本給に「以上」がなく合計額が「以上」となつているものもある。なお、中央工学校卒の者の基本給は七万〇、三〇〇円以上)と記載され、また高校卒用求人票には、現行賃金として、定額的賃金、基本給五万五、〇〇〇円、住宅手当入寮者以外四、〇〇〇円、特別に支払われる賃金、超過勤務手当六、〇〇〇円、資格手当六〇〇円、入職時賃金として、初任給は右現行賃金を上回ること、その説明として、例年の昇給が一万円以上であるため四月入社時の賃金は七万円位を見込んでいることが記載されていた。これらを整理すると、基本給見込額は、記載を欠く東海大学海洋学部を除き、およそ、大学卒八万円(又はそれ以上。東北工業大学のみ八万〇、五〇〇円以上)、測量専門学校二類卒七万四、〇〇〇円以上、同一類卒七万一、〇〇〇円以上(中央工学校のみ七万〇、三〇〇円以上)、高校卒は明確さを欠くが多くみて六万五、〇〇〇円位となる。控訴人らは、それぞれ閲覧した求人票記載の右基本給額は最低限支払われるものと期待し、被控訴人の求人募集に応募し、入社試験に合格したので、被控訴人は、控訴人益田、同中沢、同藤野、同龍田、同榎本及び同福本に対しては昭和四九年七月八日ころ、同橋本に対しては同年同月二三日ころ、同荒木に対しては同年一〇月一二日ころ、同久藤及び同上野に対しては同年同月一八日ころ、同内野こと羽生、同河西及び同住田に対しては同年同月二一日ころ、同高田に対しては同年同月二八日ころ、同堀口、同梅田及び同玉井に対しては同年一一月六日ころ、同大沢に対しては同年同月一九日ころ、同黒田に対しては同年同月二八日ころ、それぞれ合格通知書及び出社勤務約定書書式を同時に発送し、それぞれ到達した(この事実は当事者間に争いがない。)。合格通知書には、控訴人らが選考の結果入社試験に合格と決定されたこと、入社については後日被控訴人から連絡すること、出社期日までの間に住所その他について変更の事情があるときは被控訴人の総務部までに連絡してほしいこと、出社勤務約定書を所定の期日までに被控訴人に必着するようにすることが各記載されており、また、出社勤務約定書書式には、控訴人らが採用試験の結果採用と決定されたについては卒業と同時に直ちに出社の上被控訴人に勤務することを確約し、他への就職又は被控訴人への入社取消し等の行為を一切しないことを親権者(成年者については、親の意味と解される。)と連署の上約束する旨の文言が印刷されていた。この出社勤務約定書は、例年合格通知書の送付を受けながら、翌春出社しない者がいるので、被控訴人において合格者の出社の有無を確認するために徴求されるものであり、控訴人らは、いずれも被控訴人の指定した二週間位後の日までに右出社勤務約定書を提出した。その後、同年一二月から翌五〇年二月にかけ、被控訴人は、控訴人らに対し、入社式は四月一日であること及び出社までの注意事項等を記載した書面(甲第二六号証、乙第九号証)、被服寸法調査票とその提出を求める書面(乙第一〇号証)を送付して、控訴人らの受入れの準備をすすめた。ところが、一方、被控訴人会社では、昭和四九年六月一日から同年一一月三〇日までの中間決算の結果、経常損失金約三、〇〇〇万円以上、これに近く支給が予定されている賞与等を加算すると、約一億円近くの落ち込みの出ることが予想されたので、同年一二月ころ社員に対し経費の節約を訴える一方、総務部長中村稔は、東京都内に居住する大学卒業予定者の控訴人中沢、同榎本及び同福本を個別に会社に呼び出して、石油ショックに関連して会社の近況が楽観を許さないことをそれとなく伝えるとともに、昭和五〇年一月三〇日ころ控訴人らに対し会社の近況を知らせる書面(乙第一一号証)を送付し、右書面において、石油ショックを契機とする総需要の抑制、金融引き締め等の影響により会社として楽観を許さない情勢にあること、昭和五〇年は例年と異なり初任給を含めた給与、賞与に何らかの影響が出るものと予想されること、こうした事態を避けるため会社としても最大の努力をするつもりであることを控訴人らに連絡した。しかし、控訴人らは、別段これを深刻に受けとめることなく、漠然と求人票に記載された見込額は最低限支払われるものとなお期待していた。控訴人らは、その後、同年三月誓約書及び身元保証書を被控訴人に差入れ、同年四月一日被控訴人の入社式に臨み、同日被控訴人から配布された労働契約書(試用者用)に署名押印した。右労働契約書には雇用期間を昭和五〇年四月一日より同年六月三〇日までの間とし、就業場所を笹塚作業所、待遇を助手、給与金額(基本給の意)を大学卒で日額三、二三〇円、測量専門学校二類卒で日額二、九六〇円、同一類卒で日額二、八三〇円、高校卒で日額二、六九〇円とする旨及びそれ以外の労働条件は就業規則による旨が記載されていた。控訴人らは、同日総務部労務厚生課勤務の野口保から右三か月の期間は、いわゆる試用期間であり、その間は「日給月給」であること、日額は前記のとおりであること、月平均労働日が約二三日であること等を告知されたが、月額の基本給の総額がいくらになるのかを具体的な数字をもつて示されなかつたので、その段階ではまだ基本給が前記見込額より下回ることを意識しなかつたが、その後四、五月の給与支給を受け、更に六月になつて被控訴人が渋谷労働基準監督署の行政指導を受け、その結果に基づき、被控訴人から同年六月三〇日ころ、試用期間中の控訴人らの給与を同年四月一日からさかのぼつて月給制に改め、日給で支給したものとの差額は支給する旨、月額基本給は、大学卒の者につき七万四、四〇〇円、測量専門学校二類卒の者につき六万八、二〇〇円、同一類卒の者につき六万五、一〇〇円、高校卒の者につき六万二、〇〇〇円(いずれも求人票記載より少ないが、前記日給の月平均労働日二三日分より少し多い。)である旨の通知を受けて、各自の基本給が予期に反して低いことを確知した。右月額は、これより先同年三月二六日の役員会で決定されていたもので、これを年平均労働日から割り出した月二三日で除した(一〇円以下の端数切捨て)ものが前記各日給額に当たるものであつた。

三以上の事実によれば、被控訴人から控訴人らに同時に送付された合格通知書及び出社勤務約定書書式による採用内定通知のほかには労働契約締結のための特段の意思表示をすることが特に予定されていなかつたと解することができるから、控訴人らが被控訴人からの求人募集(申込みの誘引)に応募したのは、労働契約の申込みであり、これに対する被控訴人からの右採用通知は、右申込みに対する承諾であつて、被控訴人が右採用通知を発した時に、控訴人らと被控訴人との間に、いわゆる採用内定として、労働契約の効力発生の始期を昭和五〇年四月一日とする労働契約が成立したものと解するのが相当である(最高裁昭和五四年七月二〇日判決・民集三三巻五号五八二頁、同昭和五五年五月三〇日判決・民集三四巻三号四六四頁参照)。

もつとも被控訴人は、これを争い、控訴人らが前記労働契約書に署名押印した昭和五〇年四月一日にはじめて控訴人らと被控訴人との間の労働契約が成立した旨主張するけれども、本件採用内定の性格が前記のように解される以上、前記認定事実から右主張は、採用することができない。

四ところで、控訴人らは、本件労働契約が成立した時に控訴人らの基本給は各求人票記載の金額で確定したものと解すべきである旨主張する。

しかし、前記認定事実から明らかなように、本件求人票に記載された基本給額は「見込額」であり、文言上も、また次に判示するところからみても、最低額の支給を保障したわけではなく、将来入社時までに確定されることが予定された目標としての額であると解すべきであるから、控訴人らの右主張は理由がない。すなわち、新規学卒者の求人、採用が入社(入職)の数か月も前からいち早く行われ、また例年四月ころには賃金改訂が一斉に行われるわが国の労働事情のもとでは、求人票に入社時の賃金を確定的なものとして記載することを要求するのは無理が多く、かえつて実情に即しないものがあると考えられ、〈証拠〉によれば、労働行政上の取扱いも、右のような記載を要求していないことが認められる。更に、求人は労働契約申込みの誘引であり、求人票はそのための文書であるから、労働法上の規制(職業安定法一八条)はあつても、本来そのまま最終の契約条項になることを予定するものでない。本件においても、以上のような背景から、見込額としての賃金が、前記のような不統一の様式、内容で記載されたものといえる。そうすると、本件採用内定時に賃金額が求人票記載のとおり当然確定したと解することはできないといわざるをえない(信義則との関係については、後に判示する。)。そして、かように解しても、労働基準法一五条の労働条件明示義務に反するものとは思われない。けだし、採用内定を労働契約の成立と解するのは、採用取消から内定者の法的地位を保護することに主眼があるのであるから、その労働契約には特殊性があつて、契約成立時に賃金を含む労働条件がすべて確定していることを要しないと解されるからである。このことは、通常新規学卒者の採用内定から入職時まで、逐次契約内容が明確になり、遅くとも入職時に確定する(本件もそうである。)という実情にも合致する。なお民法上も、雇傭契約において、その効力発生までに賃金が確定すれば足りることは当然である。

五次に、控訴人らは、求人票記載の基本給の見込額が支給されるものと信じて応募する求職者の期待をみだりに裏切るべきものではないから、被控訴人にはかかる期待権を著しく侵害しない方法及び範囲内で基本給の額を確定すべき信義則上の義務があり、被控訴人が右義務に違反した以上、遅くとも控訴人らが他への就職の機会を奪われない時機に右見込額で基本給が確定したと解すべきである旨主張するので、検討する。

思うに、求人票記載の見込額の趣旨が前記のようなものだとすれば、その確定額は求人者が入職時までに決定、提示しうることになるが、新規学卒者が少くとも求人票記載の賃金見込額の支給が受けられるものと信じて求人に応募することはいうまでもなく、賃金以外に自己の適性や求人者の将来性なども志望の動機であるにせよ、賃金は最も重大な労働条件であり、求人者から低額の確定額を提示されても、新入社員としてはこれを受け入れざるをえないのであるから、求人者はみだりに求人票記載の見込額を著しく下回る額で賃金を確定すべきでないことは、信義則からみて明らかであるといわなければならない。けだし、そう解しなければ、いわゆる先決優先主義を採用している大学等に籍を置く求職者はもちろんのこと、一般に求職者は、求人者の求人募集のかけ引き行為によりいわれなく賃金につき期待を裏切られ、今更他への就職の機会も奪われ、労働基準法一五条二項による即時解除権は、名ばかりの権利となつて、求職者の実質的保護に役立たないからである。しかし、さればといつて、確定額が見込額を下廻つたからといつて、直ちに信義則違反を理由に見込額による基本給の確定という効果をもたらすものでないことも、当然である。

本件につきこれをみると、求人票記載の見込額及び入社時の確定額が被控訴人によつて決定された経過は、それぞれ前認定のとおりであつて、その当時の特殊事情、すなわちいわゆる石油ショック(その大略は、公知の事実である。)による経済上の変動が被控訴人の業績にどのように影響するかの予測、また現実にどう影響したかの現状分析に基づく判断から決定されたものであると認められ〈証拠〉によれば、同業他社も類似の状況にあつたことがうかがわれる。)、右判断に明白な誤りがあつたとか、誇大賃金表示によるかけ引きないし増利のための賃金圧迫を企図したなど社会的非難に値する事実は、本件全証拠によつても認めることはできないのであり、更に昭和四九年一二月ないし翌五〇年一月に内定者に一応事態の説明をして注意を促していること、確定額は、見込額より三、〇〇〇円ないし六、〇〇〇円程度下廻つて少差とはいえないにせよ、前年度の初任基本給よりはいずれも七、〇〇〇円程度上廻つていること(前記中村の証言及び前出乙第六三号証によれば、前年度は、当初大学卒六万七、〇〇〇円、測量一類卒六万一、〇〇〇円、同二類卒五万八、〇〇〇円、高校卒五万五、〇〇〇円で、七月からそれぞれ七万円、六万三、五〇〇円、六万〇、三〇〇円、五万七、〇〇〇円に上がつたことが認められる。)を考え合わせると、昭和五〇年四月一日、被控訴人から控訴人らに提示され、双方署名押印して作成された労働契約書によつて確定した基本給額(その後月給制として改訂)が、労働契約に影響を及ぼすほど信義則に反するものとは認めることができない。ただし、被控訴人が入社時の説明ではじめて、試用期間中は日給月給であることを明らかにしたり(〈証拠〉によると、被控訴人においては日給制があることが認められ、〈証拠〉によると、試用期間中は以前から就業規則上不明瞭ながら日給月給制を採用していたことが各認められるので、日給月給自体が不当とはいえないが、問題はあつたので、前認定の行政指導で訂正された。)、右説明の際、既に月額で基本給が決定していたのに日額のみで示したなど、誠意を欠く点が認められるものの、前記判断に影響するほどではない。なお、他への就職の機会を奪われない時期に賃金(見込額を下廻るもの)を確定、通知すべきであるとの控訴人らの主張は、一般論としては首肯しうるものの、その主張する具体的時期も明確でなく、またこれまで判示したように経済状勢がきびしい当時において、被控訴人が早目に確定額を通知しても、控訴人ら内定者が他に本件確定賃金に比べて有利な職場に転ずることができたであろうことをうかがうに足りる証拠もないから、採用できない。なお、本件基本給の額が賃金として妥当なものかどうかは、本件で判断するかぎりではなく、当事者間で労働問題として解決するほかはない。

六そうだとすれば、その余の主張につき判断するまでもなく、本来の賃金と称して求人票記載の額を基準とする金額と、既払額との差額の支払を求める控訴人らの本訴各請求は、当審において拡張した請求も含めて理由がないから、棄却すべきであつて、これと同趣旨に出た、右拡張前の控訴人らの各請求を棄却した原判決は、正当である。

よつて、本件各控訴及び当審において拡張した控訴人らの本訴各請求を棄却することとし、訴訟費用につき民事訴訟法九五条、九三条一項本文、八九条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(小堀勇 吉野衛 山﨑健二)

別紙訂正表 〈省略〉

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